良薬口に苦し


強いて言わずとも死ネタ・薬売りが乙女っぽい
それでもオーケイ?













ぬかった、と思った。
まさかこんなにも簡単に、人を心のうちに入れてしまうなど。
老いず死なず、永きを生きる身にそれは少々つらすぎて、だからこそずっと戒めていたのに。

二度は会わない
深入りしない

にもかかわらず。
その場所が温すぎて、戒めを破った、己への、これは罰か。

畳の上に敷いた布団は北枕。
枕元に死に水と逆さ屏風。
胸の上には剥き出しの小刀ひとつ。
立ち込める線香の香。

寒い寒い冬の日だった。




長くて数年に一度、短ければ数ヶ月に一度。
訪ねる己を、その人は眉間に皺を寄せながらも迎えてくれた。
(また来たのか、薬売り)
薬を売った覚えは数度しかない。
世間話をし、時折杯を交わし、そして別れる。
それだけの付き合いだ。

一度、かたりと退魔の剣が鳴ったときは大げさに驚いていた。
(ま、まさか物の怪がおるのか?!)
(いません、よ。そんなに、慌てずとも…)
(だがその剣が勝手になるのは…)
(さぁ…こいつも、嬉しいんじゃ、ないですか…小田島様に会えて)

妻を娶ったと言ったときは、いつもはいかついその相好が、緩んでいたのを覚えている。
(ほう、小田島様が妻を…ねぇ……物好きな女もいたもんだ…)
(うるさいぞ…だが確かに、俺にはもったいないほどのできた妻だ)
(…まさか、小田島様の惚気を聞く日が、くるとは…ねぇ)
(ふん、なんとでも言え)
(これは、これは…)

子供が高熱を出したと取り乱していたこともあった。
(俺に薬を求めるより、医者に見せたほうがいい)
(流行り風邪だ、医者もあちこち回っていて時間がかかる)
(仕方ない…熱冷ましぐらいしか出せないが…高熱が続くのは、まずい、ですから)
(すまん…)
(お代はちゃんと、いただきます、よ)

自分は歳を取らぬと打ち明けたときも、受け入れてくれた。
(薄気味悪いと、お思いでしょう?)
(………自分で自分を、そのように言うな)
(小田島様…?)
(たとえ人であろうがなかろうが、お前はお前だろう、薬売り)
(……………)
(むしろお前が人で無いといわれたほうが、納得できる気もするな)
(…酷いことを、仰る…)
(声が笑ってるぞ)

その髪に白が混じり、その背筋が僅かに傾ぎ、その皮膚に皺が寄っていっても。
その声で変わらず呼ばれるたびに、寄り添いたい気持ちを押さえ込んだ。
いつか、その人は先に逝ってしまうことを、無理矢理忘れようとした。




居心地悪い空気に、手を合わせた薬売りは早々に小田島の家を後にした。
無理も無い。
子が生まれる前から、幼い頃から、まるで変わらない男をありのままに受け入れるなど、
できる人間のほうが珍しいのだ。
まるで己が妖怪で、小田島の命を吸い取ったかの様な目で見られ、薬売りは苦笑した。
もし自分にそんなことができたなら、小田島はあと三十年は早く死んでいる。
今、遠く眺める先には墓地へ続く葬列。舞い散る雪に白の裃や千早が揺れていた。

いい報いだと思う。
いたずらに火に触れて火傷した子供は、その怖さを知るだろう。
物の怪は人の世に生まれるもの。人と交わらねば物の怪は斬れぬ。
「良薬口に苦し、とは…よく言ったものだ…」
もうきっと、己はいっそう身の内に人を入れなくなるのだろう。
たった一度口に含んだ薬の苦さに恐れをなして。



その中に僅かに含まれた甘みを、いつまでも懐かしみながら。




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やだちょっと、小田島様男前にしすぎた感!(えええ)
なんかこう、ね、おだくす好きとしては一度書いておくべきなようなそうでもないような。
次こそほのぼのしたおだくすを書こ…書きたい…な…(なんでそんな自信ないんだ)






モドル