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「薬売りさぁん!」

追いかけてきたのは、少女の甲高い声だった。
からころと下駄の音も軽く、跳ねるように響く。
薬売りは思わず足を止め、視線を後ろへと流すものの、振り返ることはしなかった。
加世はその一歩後ろで止まり、あがった息を整えている。

「追いついたぁ…もぉ、薬売りさんてばさっさと行っちゃうんだもの」

背筋を伸ばし、顔を上げ、加世は少しばかりはにかんだように言った。

「薬売りさんはこれからどうするんですか?」
一瞬言いよどみ、
「江戸に行くんならいっしょに――」
「残念ながら…」
言葉を途中でさえぎると、薬売りは加世から視線をそらした。
「このまま常陸の方へ下ろうと、思っているんでね…」

ほんのわずか、沈黙。
もう一度口を開いた加世は殊更に明るい声で笑った。
「あ、そっか、じゃあ仕方ないですよね!」
あはは、と笑う加世にそれでは、と小さく会釈して、薬売りは歩き出す。

「あ、薬売りさん!」

もう一度、加世の声が背中にかかった。

「道中気をつけてくださいね」

からん、と下駄が鳴る。
薬売りの歩みが止まった。
加世はそれにも気づかずに、また苦笑いに近い笑いをこぼしている。
「って、なんかそんなこと、薬売りさんに言うのもおかしいか…」
「――加世さんも」

薬売りの声に加世は顔を上げる。
数歩先で立ち止まった薬売りは、振り返るとわずかに口角を緩めてあげた。
「加世さんも、お元気で」

加世はぼんやりとその顔を眺め、そして、伝染したようにゆるゆるとわらった。
「うん」
背中で小さな返事を聞きながら、薬売りは歩き出した。



からころと下駄を鳴らしながら、街道を江戸とは逆へ向かっていく。
街並みが途切れた先は、のどかに田畑が広がる風景。
その脇を子供が二人、笑いながら駆け抜ける。
薬売りは小さく、息をついた。
「もう、会うつもりは…なかったんだが、ね」
溜め息のつもりだった吐息にはわずかに苦笑とも微笑ともつかぬ色が混じり、
気づいて今度は本当に薬売りは苦笑した。

一度会うだけで心に焼きつく人もある。
たとえそうでなくとも、幾度と無く会えば情がうつる。

なるべく、誰かに対して感情など持ちたくないと、
考え始めたのはいつだったか。
岸で見ている身には、川の流れは速すぎる。
薬売りは振り返る代わりに空を見上げた。
加世の明るい声が、耳に木霊する。
だれかに、別れの言葉をかけられるなど、どれほどなかったことだろう。

かたかたと背中で音がする。
「物の怪など、いないだろう」
小さな声でつぶやくと、またかたかたと振動。
「しちゃあいない、さ」
先に伸びる一本の道をはるか見透かし、
薬売りは、今度は背中に向ける心地で、またつぶやいた。

「ただほんの少し、感傷に浸ってみたくなっただけ、だ」


(流れて去るのを一人見ているしかできない身を、後悔などはしていない)


『笹舟』


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薬売りさんは歳をとらないらしいと聞いて。
一人置き去りにされるのは悲しいだろうなぁ。



しかしこれ書いてるときのBGMがずっとやったぁ!してる仮面の男ってどういうことだ。
ところで和風とか深く考えないで壁紙選んでるんですが
モノノ怪の世界観と合わないと気になりますかね?