化け物め
悪態を(心の中で)吐きながら(だってしゃべるなんて不可能だ、息すら出来ない)、
諸兄は突き出した岩に手をかけて、最後の傾斜をよじ登った。



『空に消える』



視界が開ける。ふわりと風に踊る安っぽい金色が見えた。
フジワラ・ノ・フヒト。
荒い息を吐く諸兄を視界に捉えようともしないフヒトは、遥か遠くに眼をやっていて。
その背中に向けてやはり声にならないまま悪態を吐く。
どんな体力してやがる、化け物、め、
漂流作家上がりの自分が、追いつけもしない、だなんて(まだまだ、鈍ってなんか無い)。

くるりとフヒトがこちらを向いた。
「あー、やっと来た来た、遅いぞ橘くん」
にやにや笑う顔に、蹴りの一つもくれてやりたい。
「迷子にでもなったかと思った」
「だれ、が・・・っ」
整わぬ息のまま声を荒げる諸兄を尻目に、フヒトは懐を探り。
取り出したのはよれよれになったタバコの箱と燐寸。
火をつけるとやはりにやにやとわらったまま、それを諸兄の口に咥えさせた。
一気に紫煙が気道を走り、独特の苦味が、口中に広がって、諸兄は噎せこんだ。
「げ、っほ、あんた、っ、なぁ!いきなり・・・!」
「咥えとけよ」
子供にするように髪を撫でて、フヒトは笑う。
「迷子になったら、その匂い辿って迎えにいってやるから」



しゅ、と小気味いい音を立てて燐寸が燃え上がる。
紫煙を燻らせて、諸兄はぼんやり先に灯る赤を見た。
何本灰にしたところで、漂流録の神は迎えにこない。



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諸兄登場当時、何でこの人わざわざ体力落とすようなことするかなぁ、とか思ってた副産物
このころはまだ普通にラブラブ考えてたのがこの数日後、酷いことになるわけです。
岩月やんとの怒涛のメール合戦によって・・・